読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無意味のような生き方

哲学専攻の大学院生が怒りと無念をさえずるブログ。

近況報告

 

3月26日。大学内の共有スペースでこれを書いている。証書と引き換えに学生証を返却させられたため、キセルしてどうにか侵入できた。修論奮闘記を書くために2ヶ月くらいアップしていたが、何も書かないまま4月になるので、近況についてまとめておく。

 

【近々の出来事】

・大学院を修了した。

色々あったけど修了できた。一時期(修論提出10日前)はマイナビ2018に登録する程追い込まれていたが、諸々が上手く転がって無事に着陸した。(←やはりここの話は書きたい。)修了できたことは心底どうでも良いが、退学せずに済んだことと、再び就活をしなくて済んだことと、4月から内定先で働けることがうれしい。

 

・引っ越した。

新横浜に引っ越した。それまで住んでいた大学の近くのアパートには8ヶ月くらいしかいなかったが、猛烈に飽きていたのでとても良かった。週2でバーミヤン、週1でモスバーガーに長居するのもうんざりしていた。代償となる場所を新居の近くでも見つけなければならない。

 

・組込み系の部署に配属された。

4月からIT系の会社で働くことになっているが、希望していた組込み系の部署に配属予定となった。どうして組込み系かと言われれば、「希少だから」というのが理由としてはでかい。web系などと比べて、(調べたことはないが)会社が圧倒的に少ないと思う。ピラミッドは小さい方がモチベーションも上がりやすい。別の理由は、僕の性格的なことだ。哲学にせよプログラミングにせよ、何か新しい情報を得たとき、応用することよりも、どうしてそれが成立したのかに目が行く。単に歴史が好きというだけでなく、それが成立する基盤全体に興味がある。組込み系は、アプリとかが成立するための基礎を開発すると聞いたので、なんか向いているのではと思った。

 

 以上!

『Disagreement』を読む:イントロダクション

・同じ人間なのになぜ意見が不一致するのか?

・不一致にはどんな種類があるのか?

・もし不一致が起こったら、どう対処するべきか?

 

という疑問をもったので、『Disagreement』という本をamazonで購入しました。

Disagreement (Key Concepts in Philosophy)

 

やたら面白いので、誰に見せるわけでもないけどレジュメを作りました。

ぜっかくなので公開しときます。

 

イントロダクション(pp.1-7)

《不一致》という現象は、政治、宗教、倫理、スポーツ、哲学、歴史、科学、娯楽、ビジネスにおいてごくありふれたものだ。

 

【世の中にある様々なパターンの不一致】

・2011年USAがリビアに軍隊を派遣したこと
 有識者A「違法戦争。戦争をするためには、アメリカ議会の承認が必要!」
 有識者B「いや、あれは軍事行動であって、戦争ではない。」

 

・キリストの復活
 クリスチャンA「文字通りに復活した(死から生き返った)。」
 クリスチャンB「文字通り(生物学的)には復活していないがメタファーとして復活した。」
 無神論者「文字通りにもメタファーとしても復活していない。」

 

・エレナとクリスの夫婦はどこに住むべきか?
 エレナ「通勤の苦労、金銭面を考慮し、2人の仕事場から近い場所に住むべき。」
 クリス「(エレナの言い分をすべて理解した上で)反対。」

 

・マヤと淡麗(Danling)姉妹の父親が過去に不倫していたか?
 マヤ「不倫していたことを示す証拠がある。」
 淡麗「その証拠は不倫を支持しない(not supportive)」

:マヤはなぜ自身の解釈の方がより良い(better)と考えるべきなのか?

 マヤがもし、自分より妹の淡麗の方が賢いと知っているとしたらどうだろうか?

 

・ディバインと妹アイリーンの中絶。
 ディバイン「中絶は道徳的に許されない。文化的なこと何も知らないが。」
 アイリーン「結婚したくないし、子供を育てるお金もないので、産みたくない。」
:アイリーンは早期中絶ならば悪くないと考えているが、ディバインは何を言うべきか?

 

ディバインは2つの事柄「何をするべきか?」と「何を信じるべきか?」を理解する必要がある。彼は、妹に何を言うべきか決定する必要があるが、同時に中絶の道徳的な許されなさ(permissibility)に関して何を信じるべきか理解する必要がある。彼は、自分より賢い人々が異なる意見(または同じ意見)をもっていることを知るべきだ。

 

【本書Disagreementについて】

この本は、《私たちと不一致する人がいるとき、私たちはどうするべきか?》という問いに捧げられている。もし私たちが不一致を解決することができさえすれば、私たちはおそらく何万もの人々の命を救い、何万もの人々を貧困から救い出すことだろう。ただし、できればの話だが。

 

不一致にかんする中心的問題

1. あなたが信じている事柄について不一致に気づいた時、あなたはまだその信念を持ち続けるべきか?

:認識論の問題。この本の主題。

 

2. 不一致に気づいたとき、あなたはどう振る舞うべきか?

倫理学の問題。この本では扱わない。

 

これまで哲学では、不一致の認識論的問題について、最近までほとんど扱われてこなかった。さらに、最近の論文にしても、私たちにとって重要な実生活(real life)に関わる不一致はほぼ取り上げられていない。この本は、実生活で不一致に直面したとき、どう反応すべきかじっくり考える(deliberating)ことをサポートしてくれるだろう。

 

本書の構成は、以下のようになっている。まずPart1において、不一致の認識論にかんする問題はどのようなものか、ということを示す。Part2において、どのような条件のもとで、不一致に直面したとしても信念を維持し続けることが合理的でありえるのか?という問題を扱う。

 

 

人生で初めてラップをした

2月3日 冬の朝、はるか後方からやってきたはずの締切に猛追され、パニック状態になっていた僕は、ほとんど見直さずに発表原稿を送信した。発表用にまた資料を新たに作って持ち込まないとマズイだろうなー。修論不受理も十分にあり得る。つらい。

 

(※ 後日談。発表用に新たに作り直した原稿は、丁寧に作りすぎたために本番で発表時間を超過し、強制終了させられましたとさ。)

 

原稿提出後、予約していたラップ講座に行ってきた。以下のイベント。

www.kinokuniya.co.jp

 

紀伊國屋本店で開催され、全部で20人弱くらい集まっていた。

19:00~、イベントがはじまる。

簡単なあいさつの後、いきなり自己紹介ラップを作ろうというコーナーへ。

いつもの僕だったら逃げ出すところだが、

この日、連日の徹夜と前日に飲んだ抗うつ剤が効いたためか、テンションが異様に高く、いつになく楽しめた。

 

今回は8小節の自己紹介ラップ作りにチャレンジ。

以下の方法を教わった。

 

【自己紹介ラップのレシピ】

最初の2小節:自分の名前、どんな人間なのか。

2つ目の2小節:仕事や現在やっていること。

3つ目の2小節:出身地、レペゼン。

4つ目の2小節:将来の夢や野望。

 

2小節ごとに5分位時間を取ってくれたが、いざ作れと言われると、焦りプラス下手なものは出せないというプライドも混ざって一文字もも書けない。しかも自分がどんな人間かわからない。

 

いよいよ発表タイムへ。当然ながら、最初に手を挙げる人は超上手い。

ラップが上手いだけではなくて、ちゃんと場が盛り上がる要素も入れてくる。

その後もどんどん手が上がり、みんな良いラップをかましまくっている。

音に合わせてラップ出来てない人でも、全員どこかで一回はウケている状況。

約半分くらいの人がラップし終えた後、時間の都合上、あと一人と言われた。

気づけば手を挙げていた。

 

僕が発表したラップ

オレの名前はMC NAOYA

研究生活2年目の青葉

今はやってるぜ哲学研究

社会人はおごれよ缶ジュース

熊本生まれのレペゼン長崎

カステラの魅力伝えるよあなたに

体はでかいが心は繊細

夢は文春でエッセイの連載

 

実は「おごれよ缶ジュース」でこっそり狙っていたのだが、全く反応がなく、それだけでパニックになってしまい、その後はグダグダで終わった。。

(今見ると「研究enuu」と「缶ジュースanuu」て韻踏めてなかったんだなーと気づく。本当は「年収enuu」で韻を踏みたかったのだが、「同級生は数倍の年収」とか自虐にしかならないので諦めた。)

 

ただ、分からないもので、3小節目の「カステラ」の箇所がグダグダながらも好反応が返ってきて救われた。最後はもう音が完全に消えていたけど、強引に最後まで終わらせた。

 

文春でエッセイとか..、誰にも言ったことがなかったけど、「野望」というキーワードで最初に思いついた。自分を知る。

 

貴重な体験ができた。抗うつ剤バンザイ。

修士論文を書きながら励まされた歌

修士論文が終わって2週間が経つ。僕にとって修論執筆は、これまでの人生の中で最も長い時間嫌なことに向き合った経験だった。ずっとこれまで、何か嫌なことが起こりそうというだけで一番に逃げ出していた僕が、よくもまあ乗り切れたと思う。まだ今週末に口頭試問が控えており、悪夢はまだ終わっていないのだけど、正直、修了できようができまいがどうでもいい。自分の能力のなさに悶え苦しみながら修論を書き上げた日々に比べれば、中退して就活して辛酸を嘗めることになろうが、平気だ。社会人としての適性を否定されるより、研究者としての知的能力を否定されるのでは、僕にとっては後者の方が遥かにキツかった。この数ヶ月で苦しみに対する許容値がグンと上がったことが、唯一良かったこと。

 

以下、私が執筆中に励まされた音楽を羅列する。

 

 

「人にやさしく」 ブルーハーツ


人にやさしく ブルーハーツ 歌詞付き -Hitoniyasashiku The Blue Hearts-Lyrics

 

提出1週間前、指導教官からの全否定コメントに頭がおかしくなり、半ばヤケになりながら聴いていたのがこの曲だった。本当に余裕がなくなった時、結局心をなでるのは小洒落た言い回しではなくて「頑張れ」の一言だと痛感した。大音量で再生し、麻薬のように脳にぶち込みながら書いていた。

 

 

『できっこないをやらなくちゃ』 サンボマスター


できっこないをやらなくちゃ/サンボマスター

 

ストレートな歌詞に励まされる。「君ならできるどんなことも」という過大評価が、自信を失った人にとってどれだけ有り難いか。

 

 

『明日はきっといい日になる』 高橋優


高橋優初監督MV作品「明日はきっといい日になる」オモクリ監督エディットバージョン(Short size)

 

何のためにこんな苦しみを味わうのか。この曲を聴いて、自分の明日のために苦しむんだなと思った。向き合うのがどんなに嫌でも、ここで完成させなければ、僕はたぶん一生何も作り上げられない。どんなにカスな内容でも人に見せなければ、僕は誰でもできること以外、他人の前で何もできなくなってしまうと思った。

あと、この歌はPVも最高だった。僕の場合、自分が無能なのが辛かったので、最初に出てくる男性に自分を重ねてしまう。高橋優の他の曲も全部が響いた。

 

 

『刹那』 creepy nuts


Creepy Nuts(R-指定&DJ松永) / 刹那 【第8回高校生RAP選手権 LIVE】

 

執筆中、外を歩きながらこの歌のフレーズをよく口ずさんでいた。

「こんなもん ハナから笑い者にされに行くようなもん」

「何もよけるな 何もためらうな 何も恥じらうな 何も怖れるな」

 

 

既に少し仕事が始まっているが、有能にはなれなそうだ。これからも何度も聴くと思う。

野球にまつわる愚痴とか

誰かと話したわけでもないのに溜まっていく野球へのヘイト。
一定量に達したので書いて洗い流します。

● 野球について会話できない理由
野球はいつの時代も談話のトピックとして猛威を奮っているが、野球という球技そのものが話題に登ることはほぼない。主に話のネタになるのは、「高校野球」、「プロ野球」、「野球ゲーム」、「野球漫画」のどれかである(知らないけど)。この中の一つでも詳しいのがあれば、野球の話題になっても自分のターンでぶっこめるのだが、残念ながら全部詳しくない。何にも知らない訳ではないのだが、どれを選んでもその後の流れで行き詰まるため、八方塞がりであることが想像してみてわかった。

まず、「野球漫画」。僕の唯一知っている野球漫画は、ちばあきおの『キャプテン』である。好きなキャラ、名・迷シーンの数々、自分の人生への貢献、話せることは沢山ある。だが、これは厳しい。ひとが『キャプテン』を知っている可能性はかなり低い。それよりも、『キャプテン』の話をしたことによって、その他の野球漫画の話に移行するリスクが怖い。こっちは『メジャー』も『ドカベン』も『巨人の星』も知らない。コミュ力を発揮され、野球漫画くくりで話を繋げられてしまうと打つ手がない。

次に、「プロ野球」。これが現実的に考えて一番話題に登りやすい。今まで、どうしても何か話さなきゃいけない場合、僕は広島に住んでいたという話をしてきた。話をするというか、単に「広島に住んでいた。」と言う。終わり。カープのことも一切知らないし、当時の思い出もなんにもない。好きな球団も無い。子供の頃はロッテリアが好きだという理由でロッテを応援していた(弟はヤクルトを応援していた)が、今のロッテリアは団体の高校生ばかりで入店しづらいので疎遠になった。今はもっぱらモスバーガーに行きつけているので、球団を作ったら応援したい。(「高校野球」「野球ゲーム」は思いつかないので飛ばす。)

 

● 野球選手の体型について
前々から、野球選手の体型に違和感をもっている。
活躍している野球選手は総じて巨体である。身長が高いだけでなく、全体的に大きい。だが、俯瞰して見てみると、選手の体つきと、野球という競技はすごくミスマッチな気がする。

野球は、小さな球を木の棒で打ち返す遊びだ。しかも、単に遠くまで飛ばせば良いというものではなく、人のいない場所にうまいこと打ち返せるかどうかが鍵となる。そう考えると、すごくゲーム要素が強い。力よりも小技を駆使して戦うのが正しい遊び方のように思える。にもかかわらず、野球選手はみな巨体なのは、ホームランがあるからか。コソコソ打ち返すヒットよりも、パワーで押し切るホームランのが得点が上というクソ仕様のせいで、野球選手の標準体型が今のようになったのだと思うと怒りを感じる。ホームランが全部悪い。寝る。

 

キャプテン 文庫全15巻 完結セット (集英社文庫―コミック版)