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無意味のような生き方

哲学専攻の大学院生が怒りと無念をさえずるブログ。

「なぜ働くのか」に答えづらい理由

「なぜ...?」への答え方は2種類ある。

①「~から」という原因による答え方。

例:「なぜ風邪をひいた?」と聞かれて、「服を着ないで寝たから」と答える場合。

②「~のため」という目的による答え方。

例:「なぜ勉強する?」と聞かれて、「単位を取るため」と答える場合。

 

この前、就活の面接練習に行った時、教官から「なぜ働くのか?」と聞かれた。

僕はこの質問に対する返答が思い浮かばず、その場で固まってしまった。

 

だがこの質問、答えにくいのには訳がある。

大抵、「なぜ?」への答え方のうちでは、①より②の方が答えづらい。

なぜなら、(ほぼ)あらゆる行動に原因はあるが、目的はそうではない(と思われる)からだ。

また、答えを詮索するのも、原因よりも目的の方が圧倒的に難しい。

原因が主に具体的な行動・出来事であるのに対し、目的は「幸せ」「生きる」など抽象的でふんわりしていることが多いからだ。

 

「なぜ働くのか?」という質問に戻る。

この質問、実は①の原因による答え方を排除するような構造をしている。

それによって、答えるのが難しい②の目的による答え方しか選べなくなっているのだ。

 

その構造とは「時間・空間の指定がない」ということだ。

原因による答え方をする場合、「なぜXしたか?」の「X」は、特定の事象であることが多い。

例えば「なぜ関ヶ原の戦いが起こったのか?」という質問には、原因で答えるのが普通だ。

しかし、「なぜ働くのか?」は、特定の事象に関わっていない。

働くこと一般について、やんわりと聞いている風に見える。

もし、これを原因によって答えたいなら、質問文を「なぜあなたは今、働くのか?」に変えれば良い。

一気に具体性が増すため、「お金がなくなったから」「25歳だから」「○○という事があって働きたいと思ったから」と答えやすくなる。

 

今後、答えづらい「なぜ?」形式の質問に出会ったら、その質問に時間と空間を補填したものを、頭のなかで再構築するとよいかもしれない。