読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無意味のような生き方

哲学専攻の大学院生が怒りと無念をさえずるブログ。

砂の城

11月。約2ヵ月後に修論の提出を控えている。進捗は危機的状況であるが、後年思い出すために、これまでの院生活1年半を内省的に記録をしておく。

2015年4月。私は哲学系の大学院に入った。大学時代に不勉強だった私は、大学院に入るまで、ノートとブログの上でしか哲学(まがい)の文章を書いたことがなかった。砂の城でたとえるなら、周りに誰もいない自分の家の庭に、好き勝手に建てていた。未完成でも誰も気にしないし、学問的に不適切でも何も言われない。他人と比べる環境がなかったので、自分の能力に自信をもっていた。当時は、哲学をやらないと生活が送れないと信じ込む程のめり込んでおり、ここで本格的に学ばないと一生後悔すると思って、大学院に入学した。

入ってからは苦しみの連続だった。頭の出来から違う人に何人も会った。知識よりも議論スキルの高さに驚かされた。俺みたいに止むに止まれぬ気持ちで哲学をやっている人は誰一人いなくて、みな知的能力のやり場として研究しているような人ばかりだった。よく、才能のある人なんて僅かだと言うが、確かにとんでもなく才能のある人はいないだろう。だけど、俺と彼らの間には明らかな才能の差があって、その差はもしかすると人生で埋まらないかもしれない量だった。僕は、今までの自分の家の庭から、急に都会の巨大自然公園に来てしまったような気分だった。周りで山ほどすごいものを見せられた後に、自分で作る気など全く起こらなかった。

発表は4回した。1回目は1年の12月で、次は2年の6月だった。どっちもボコボコにされた。1回目のときは3時間かけて原稿の一行一行を批判された。途中、「もうやめてくれ!!」と本気で叫びたくなった。褒める言葉は一つもなかった。僕の城は、跡形もなく粉々に破壊された。今後に活かせそうな所は何も残らなかった。

2016年4月から就職活動が本格的に始まった。僕は遊び場(哲学)にほとんど寄らなくなっていた。前みたいに自由に遊ぶことはできない。一人でやっていても有能な人たちの影がちらつく。

9月。修論の中間発表のため遊び場に戻ってきたとき、そこは雑草だらけだった。僕がいない間、周りは着々と自分の城を作り続け、確実にスキルアップしていた。僕は何も書けなくなった。見せるのが恥ずかしい。実力不足がバレたくない。書いても確実に批判されるから怖い。寝ても寝ても眠い状態に陥り、結局、夏休みはほぼ勉強しなかった。

10月。指導教官に怒られて数日後、いよいよ追い詰められた僕がやったのは、どでかい塀を建てることだった。まず、たまにしかゼミに行かない。たまに行っても質問だけして、人の話は聞かずに帰る。とにかく周りの有能な人達を視界に入れないようにした。一人で論文を書くときも、心のなかから沸き起こる有能人間のプレッシャーには「うるせえ!」「関係ねえぞ!」と暴言を投げつけた。何度も。そして次に、砂場の草むしりを始めた。最先端の論文を読むことは止めて、入門書を一から読み始めた。身の丈に合ったことをやろうと思った。新たな発見はないがスイスイ読める。少しだけ自信がつき、何より楽しんでいた頃の自分をを思い出せた。さらに並行して、自分への賞賛の言葉をwordで書き貯めた。パソコンを開くときに5つ、閉めるときに5つをノルマに決めた。自分を肯定できていれば、批判されるのを怖がることもなくなるんじゃないかと思った。

11月11日。中間発表だった。ギリギリまで原稿を仕上げるのにかかり、発表は上手く行かなかった。そして相変わらずの緊張しい&説明下手で、質問にもまともに答えられなかった。だが、論文の内容自体は、思ったほど批判されなかった。説明不足の点や構成のアドバイスや感想をもらっただけだった。まあ、俺にしては上等でしょう。

どう頑張っても今の自分では60点しか取れないとわかったとき、僕は諦める道を選んだ。60点の自分を認めて、その次の70点を目指す生き方は無理だった。60点を見せたときの批判に耐えられない。優れた他人の話を素直に聞き、今後に活かそうと思うことは無理だった。僕は、他人なぞどうでもいいと開き直ることもできず、かといって他人に高評価されるよう合わせにいく能力もなく、ただただ他人の評価に怯え、傷つくのが怖いだけの人間だった。だけど、今はもう、それでもいいやと思っている。そのままの性格で、上手く世間にハマるスタイルを見つけていけばいい。基本的には塀の中にこもって、ゴソゴソと城を作っていこう。それで、たまーに他人(優しい人に限る)に見せて「へー」って思ってもらえたらいい。