無意味のような生き方

組込みエンジニアが怒りと無念をさえずるブログ。

許されたい

穂村弘のエッセイだったと思うのだが、将棋の羽生名人が若い頃から見た目が変わってないことについての考察が面白かった。羽生さん以外の棋士は全員見た目が年齢相応になっているにも関わらず、羽生さんだけは若い頃から見た目が変わってない。これは、羽生さんは変わらないでいることを許されるが、他の棋士は(世間や自分自身から)から変わらないことが許されず、変わらざるを得なかったから。よく時流に合わせて変化できる人がすごいと言われるが、その人たちは時流に合わせなければ生き残れないからそうしただけであって、本当にすごい(強い)のは変化せずとも生き残れた人なのかなと思う。

 

現在、僕はIT企業の組込み開発と言われる分野で仕事をしている。組込み開発とは、定義は色々とあるけど、主にPC以外の機器(車や家電とか)に搭載されるシステムのことを指す。PCのアプリと違って自由度はそんなに高くないが、日常生活に直接関わってくる。僕がこの分野に行きたかった理由は、何もしなくても許されたいからだ。昔から記憶力(特に短期記憶)が悪く、人の話を聞いてない。3日に1回は忘れ物をする。一人暮らしを初めてからは、部屋を片付けられない、洗濯後の服を乾かせない..etc。

 

日常業務がやりたくないし、嫌いだ。そして、やる努力も一切したくない。自分を変えようと努力するより、変わらなくてすむ努力をしたい。できない人にできる人のやり方を強要するのは下の下。自分なりの方法でできるようになることを促すのはまだまだ。できないならやらなくても許してほしい。何もしない人間を「ダメ人間」じゃなくて、「普通の最低限レベル」にしたい。日常業務の何か1つでも「軽く」するんじゃなくて「無」にするようなものを作りたい。