無意味のような生き方

組込みエンジニアが怒りと無念をさえずるブログ。

『逃げるは恥だが役に立つ』 3話までの感想

ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(以降『逃げ恥』と略)を観ている。一緒に話せる友人が切に欲しいけれど、いざとなったら何も話せない気がする。なので、ここまでの感想を自分なりにまとめておきたい。

 

星野源だから許される(?)*1

最近、地味系黒縁メガネが主役のドラマ・映画が多い。何故だか、この手の作品の多くが、主役に有名俳優を起用している。代表的なのは、神木くん(『桐島、部活やめるってよ』『バクマン。』『3月のライオン』)だが、他にも、大泉洋(『アイアムヒーロー』)とか、今回の星野源である。もちろん、映画・ドラマに有名俳優を使うのは当たり前だろう。だが、一方でヒロイン役はわりと無名だったりするので、ここには何らかの理由がありそうだ。

今回の星野源もこれまでの神木くんの作品も、別に彼らでなければならない理由はない。失礼だが、もっとイケメンの若手俳優なら事務所に山ほどいるはずだ。なのに、黒縁メガネをかけた途端に彼らだけが投入されるのは、それほど黒縁メガネが見た目のパワーを下げてしまうからではないか。よく分からん奴が地味な格好にメガネをかけると、どんなに見た目が良かろうが、「こいつ誰やねん」で終わってしまうからではないか。つまり、絶対に見た目で差し引かれる分を補うのが、中の人である神木くん、星野源の有名力なのではないだろうか。(特に星野源の場合、本人の人格が知られているので、ドラマ内のガッキーとの会話を星野源で脳内補完しやすいというのもある。)そういえばライアーゲームの黒縁メガネは2人とも「キモい」「ホラー」系だった。やっぱり、黒縁メガネで好印象に見せる方法は、中の人の力に頼るしかないのかもしれない。

 

星野源の家がオシャレすぎる件とか

設定は35年間彼女がいない童貞おじさんのはずなのに、あの部屋は違和感しかない。綺麗なのはいいけど、小物がいっぱいあるのはあり得ないでしょ。服も女受けしそうなのばかりだし。あと、ガッキーが派遣切りされたのもすごく違和感がある。あの見た目であの人生を送るだろうか。

 

・性質の束

あの主人公2人と僕は性質のほとんどを共有している。ガッキーの性質(25歳、文系大学院出身、理屈好き)と星野源の性質(システムエンジニア、童貞おじさん、黒メガネ、無口)を合わせたのが僕だ。人気のある2人と同じ性質をもっているのに全く人気がないとはこれいかに。

 

・エンディングのダン

マルモのおきて』のEDではロック歌手の世良さんのダンスが下手なのがハマっていたが、今回の古田新太だと完璧に踊れた方が板につくし面白い。何が違うのだろう。ガッキーのダンスが至高なのは言うまでもない。

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*1:この「(?)」という表現は、哲学者Gideon Rosen氏の”The refutation of nominalism (?)”という論文のサンプリング。小じんまりとしていてなかなか気に入っている。